衆院選の真っ盛りで思いだしたこと
いま高市早苗総理の「抜き打ち解散」で、短期決戦の衆院選になっている。政治の勢力地図がどう塗り替わるのか。近未来の日本の行方を左右する、稀に見る緊張感を持った選挙となった。
国政選挙はメディアが、事前に投票行動を調査して当落予想をするが、今のところ自民党がかなり高い支持を得ているようだ。しかしまだ分からない。筆者は、50年以上前から国政選挙の事前調査に深くかかわってきたので、その体験を書くことにした。
入社前の呼び出しで選挙予想に関わる
1964年の秋、読売新聞社から入社内定をもらって間もないころ、突然、読売新聞人事部から「至急、来社して欲しい」との連絡を受けた。内定取消だろうかと不安な気持ちで行くと、松岡さんという人事部次長が待っていた。この方は入社前に同社を訪問したときに応対された方で、「入社試験は非常に難しい。まだ試験まで半年あるから勉強したまえ」と言って筆記試験の科目を紙に列記し、毎日、新聞のどこを読むかを指導し、NHKのニュース解説を必ず見ることなどを教えてくれた。当時、マスコミ入社試験準備の案内書籍などなかったので、これが非常に役立った。うちでは、朝日新聞と日本経済新聞の2紙を購読していたが、松岡次長からは「どの新聞でもいい」と言われた。入社試験のために毎日、必死に新聞を読み込んで勉強した。その知識が役立って、理系受験者のトップで合格したと入社後に言われた。
その松岡次長がこう言った。
「君は大学で統計学をやったそうだね。電子計算機(コンピュータという言い方は当時まだなかった)の卒論もやっている。そこで正式入社まで半年あるので、文部省統計数理研究所(以下、統数研と表記)に行って、世論調査と選挙の統計学を学んで欲しい。研究所で学んだ時間はバイト代を支給する」
聞いて驚いた。入社前の学生の勉強にバイト代を出すという。統計学・世論調査・選挙という、いかにも新聞社らしい分野を入社前に勉強しろと言う。急いでいるとも言った。
出来るだろうか。不安を押し殺して承諾し、翌日から当時、東京都港区広尾にあった統数研第3部長の青山博次郎博士(東大教授も兼務)の部屋に週、3,4日のパートで通うことになった。
統数研で選挙予想の勉強をする日々
衆・参議院選挙のとき、だれに投票するかを問う事前調査をし、開票途中段階で当選確実の速報を出すことも見ていたが、それがどんな根拠で出すかは知らなかった。今では、開票間もない開票率数%の段階で当選または当選確実を出すテレビ局もある。それは根拠があるから出せるのだが、その舞台裏を勉強することが筆者に期待した読売新聞の思惑だったようだ。入社してわかったことは、そのような分野をカバーする人がいなかったのである。
当時、青山先生は、選挙前の世論調査から得票率を算出して当落を予想する選挙予想統計学では、日本の第一人者であり、読売新聞の各種世論調査のブレーンでもあった。統数研には林知己夫博士(後の所長で当時は、朝日新聞社のブレーンだった)がいて、この方も事前調査から当落を推定する理論家の第一人者だったが、理論に基づいた実践の当落判定法では、青山博士の方がよくやっていたと思う。
そのころの衆議院選挙は中選挙区であり、全国に129選挙区があり定数は467人だった。同じ党から複数立候補する選挙区であり、選挙前の事前調査から誰に投票するか予測し、立候補者全員の得票率を算出して事前に当落を予想する。それを集計して選挙前に新しい政党派の勢力図を予想する。その根拠となる統計理論を青山研究室で毎日、勉強するという恵まれた日々を送ることになる。
その時代、コンピュータは黎明期であり、新聞社にはどこにも入っていなかった。筆者が大学で習ったコンピュータも、今では博物館に飾ってある真空管式マシンで加熱からしょっちゅうヒューズを飛ばして故障していた。能力はいまの電卓よりはるか下だった。

青山研究室で毎日使ったタイガー計算機と同じもの。今の電卓よりもはるかに性能が悪かった。そろばんの達人の方がよほどよかった。
青山研究室で129選挙区のすべての事前調査の結果と実際の得票の実数の乖離を調べ、それを選挙区別と立候補者別に、補正数式で出す作業だった。使うのはそろばん、タイガー計算機、計算尺などであり、筆記で算出することも多かった。そろばんはほとんどできなかったが、なんかの時には役立つし、計算尺も概数を知るときには役立った。
こうして全選挙区・全立候補者の世論調査数値と投票数の乖離を統計的に算出して、次の選挙の時に役立てようという計画だった。全部やり終えたのは、入社式の直前だった。入社後に直属の上司になった辻本芳雄さん(後の社会部長、編集局総務)の席に松岡次長に連れていかれ、辻本さんから「よう、やった。労作だなあ」とねぎらいの言葉をもらったことだけはよく覚えている。
入社2年後には選挙デスク周辺で働く
入社2年後の1967年1月に衆院選があった。筆者が入社前から統数研に通って衆院選の事前調査と実際の選挙結果を統計的に処理し、確度の高い当落予想を算出する統計法が役立つことになる。
筆者がやったことは、129選挙区の事前と実際の支持率と得票率を出すことだけで、この数値を利用して青山博士が統計処理法を出す。ま、単純な下請けだが、数値を扱うだけに間違いは許されない。筆者が出した結果を、青山博士が密かにアトランダムに検算していることも分かっていたので、緊張感があった。幸いにして一度もミスを言われたことがなく、それを密かな誇りにしていた。
選挙の開票当日は、編集局の真ん中に作った選挙本部の中に青山先生の席が準備され、筆者は先生の下命を受けて様々な用件を片付ける役割だった。本部デスクのすぐ近くに、そろばん1級の腕前のある男女学生20人が並び、全国の支局から送られてくる開票途中の票の処理をし、筆者がその数値を青山博士に伝える役割だった。
選挙結果は、自民党は「安定多数」の277議席で単独過半数を大きく確保、社会党は140議席と健闘したが、与党との差は大きく、中間政党の民社党30、公明党25で共産党は5議席だった。このときの予想は比較的安定した結果を出し、一つの間違いもなく当落を予想できた。激戦区はいくつかあったが、予想は間違いなく的中していたと記憶している。いや激戦区では、最後まで分からない選挙区があったような気もする。このような作業を、衆参選挙で5,6回は関わったので、どの選挙だったか記憶は曖昧になっている。
今の選挙は事前予想が混迷化している
いま進行中の選挙のメディアの事前調査だが、高市政権への支持が強く出ているようだ。しかし今は、選挙途中で様々な情報が拡散し、政党・政治が揺れることがある。昔は人を選ぶ意識が強かったが、今は政党への支持が議席になる選挙である。
各種情報のネット拡販、多党化現象、年代別有権者層の支持意識の混迷化など予想をしにくい社会構造になっている。事前調査では、自民党が強く出て野党は低く出る傾向は、昔からあった。これを補正して実際の投票動向に近い統計処理をしているはずだが、メディアによって差が出ている。
若年層は現内閣支持が高いようだが、必ずしも投票行動には結びつかない。若年層ほどSNSやネット情報で政治情報に接する機会が多く、支持政党の固定化は弱いようだ。一方の中年・高年齢層は、中道・野党支持の割合がやや上昇する傾向がある。これは昔と真逆の現象になっている。
事前調査に対し「まだ決めていない」、「考え中」、「答えたくない」などは「無回答」としているが、この比率が高ければ、大勢を判断するには不確定要因が大きすぎることになる。近年の世論調査や事前調査では、この無回答層が大勢を決めるとも言われており、事前予想が難しい時代になっている。
投票日まで、終盤の事前予想がメディアに出てくることになるので、次回でもう一度このテーマを深掘りしてみたい。


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