年間企画 「人間この不可思議なもの」始まる
1971年1月17日付け読売新聞日曜版で、1ページ特集の大型連載企画が始まった。

時実利彦先生から3回にわたって取材した内容を、中澤デスクと筆者が手分けして原稿を仕上げたもので、ゲラを見た辻本さんが「ええなあ、この調子で頑張れや」と言う。筆者の原稿は、中澤デスクの指示と助言に従って書いたものが部分的に入っているだけで、記事のほとんどは中澤デスクの原稿だった。
読者の大半が知らない専門的で難しいことを、誰でも分かるように書く。これは初体験だった。中澤デスクは、「読者が分かったと錯覚するような書き方」とか「なるほどぅと、つぶやくような原稿を書けるようにしましょう」と優しく言ってくれる。
評判を呼んだ若手英才のイラスト
ど真ん中に据えられたイラストは、弱冠23歳の杉本一文さんが描いたもので、うるさ型の編集委員の眼にかなった素晴らしい作品だった。杉本さんに初めて会ったとき、若いのでびっくりしたが、この連載の最後まで描いた実績で挿絵画家として認められ、第一線に躍り出ていく出世作となった。
2026年2月2日、杉本さんと55年ぶりに再会を果たした。新宿御苑近くのアトリエに連れていかれ、多数の作品を見せてもらった。再会を果たす1日前に、奇しくも読売新聞読書欄に「杉本一文 公式角川文庫 横溝正史カバー画集」の書評が掲載された。横溝正史のほぼ全作品の挿絵を担当してきた稀有のイラストレーターとして第一人者に上り詰めていた。

55年ぶりに再会を果たした杉本一文さんとツーショット。その再会の前日の2026年2月1日付け読売新聞・読書欄で、「杉本一文 公式角川文庫 横溝正史カバー画集」の書評が偶然、掲載された。なんという奇縁か。再会してすぐ二人で喜び合った。

爆発的に進展した脳研究
「人間この不可思議なもの」は、脳研究と分子生物学の2つの最新テーマを読者に提供した企画ものだ。55年前に最新研究だったものだが、今では歴史的研究実績として残っているにすぎない。
科学の研究とは、時間とともに古びた実績として残る宿命にあるが、どのような研究でも「先人の肩の上に立って」初めて成し遂げられるものであり、先人の業績なくして新たな知見を展望することはできない。
このシリーズでは、当時の最先端研究者の話をするが、研究成果については最新の成果を紹介しながら進めることにした。
脳定位固定装置を持ち込んだ時実先生
人間の脳は頭蓋骨に覆われた中に格納されているが、これは一体どのような仕掛けで人間をあやつっているのか。時実先生から見せられた脳定位固定装置は、あまりに簡単な機器に見え、それが脳研究の画期的進展に寄与したとは信じられなかった。
この固定装置を使って、ネコの脳内の立体地図ができていた。脳内のある場所に電極を差し込んで刺激するとネコは様々な動き・行動を起こす。食欲・性欲・怒り・恐れなどの行動は、脳内のある部位を刺激すると発生する。
この装置が機能を発揮するには、脳細胞の仕組みと脳内をかけめぐっている電気的情報の仕掛けを知る必要がある。このシリーズではそのような基本的な有様を書くことにしたい。

写真は、時実先生から提供された実験で使用していた脳定位固定装置。アメリカに留学中にこの固定装置を克明に計測して寸法を書き留め、帰国後、日本のメーカーに同じものを作らせたという。「私の脳研究の貢献はと聞かれれば、この装置を日本で広げ、研究を進展させたことです」と語っていた。
米国留学中に動物実験に取り組む
時実先生は1954年9月、カリフォルニア大学ロサンゼルス校のH・マグーン教授の研究室に留学し、翌年は別の研究室に異動して2年間、脳研究に取り組んだ。そのころ脳の研究と言っても日本ではカエルの脳を調べる程度であったが、マグーン研究室では生きているサルの脳をむき出しにし、脳定位固定装置を使って狙い定めて脳内の位置に微小電極を届かせて実験することをやっていた。
その現場をみたとき、時実先生は「腰を抜かさんばかりに、たまげてしまった」と語っている。この装置を使って動物実験をするが、脳内の深部まで微小電極を届かせ、実験をすることができる。脳内の目的の場所をピンポイントで狙うことができるという。
人間の行動・動作・動きはすべて脳に支配されている。本能とされる食欲・性欲も脳が支配していることがこの装置によって明らかになった。そのような基本的な研究成果は、このシリーズで明らかにしていきたい。
この50年間で爆発的に進展した脳研究
筆者は、たまたまこのような企画を担当したために、往時の先端研究を取材して新聞に掲載する機会があった。この企画が終わり、別のテーマへと変わっていっても、脳研究については関心を持って、研究動向を見ていたが、進展があまりに速いのである時点からあきらめの心境になり、ほとんど追跡不能になっていった。
いま最先端の脳研究を調べてみると、次のようになる。
- 最新の顕微鏡技術(広視野2光子顕微鏡など)で大脳皮質や機能ネットワークの大規模同時計測・可視化が可能になった。
- 意識状態や無意識状態でのネットワークを明らかにする研究が進んでいる。神経細胞(脳細胞)のネットワークがどのように協調して働くかを追跡している。
- 神経細胞群のネットワークをつなぐシナプス構造や働きをダイナミックに追跡する方法が開発され、思春期の発達段階の大脳皮質の研究が行われている。
- 記憶、注意、意思決定といった高次脳機能の脳内ダイナミクス(時間的な変化の仕方)を明らかにする研究が進行している。
- 人工的に血管が入り込むよう改良した人工的脳組織モデル(オルガノイド)の作成に成功し、発達疾患や自閉症・統合失調症・認知症モデルとして活用されるようになってきた。
基礎医学の研究がこのように進展したことは、同時に臨床医学も進歩したことになる。人間の英知の進歩は、ついに人工知能(AI)の開発に手を染め、間もなく人間を超えるシンギュラリティ(Singularity、人間の知能を超える瞬間) になるという。

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