ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち(上・下)

本の紹介

リチャード・アダムス著/神宮輝夫訳(評論社、1975年)

上下で700ページを超える長編、そして小学校高学年向けの児童書ということで、あまり気は進まなかったが、読書好きの同好の士がわざわざ貸してくれたので、読み始めてみた。

そしたらやっぱり、大変面白かった。ウサギに託した寓話である。こんなに面白くてためになる書物はないと思った。

1972年にイギリスで発売された当初からベストセラーになり、イギリスの二大児童文学賞を受賞、その後アメリカでもベストセラーになった。

これは、うさぎによるうさぎのための物語であり、全編に渡ってうさぎの目から見た世界、つまり寓話が広がっている。そこには草花や空気の匂い、危険な動物や鳥たち、さまざまな天候の変化などがとりどりに描写され、そして宿敵のうさぎたちとの闘いが展開されてゆく。

大きなうさぎ村に生まれたヘイズルは、体の弱い弟ファイバーの「村に恐ろしいことが起こる」という予言に後押しされて、仲間を数匹引き連れて村から脱出し、放浪の旅に出る。

うさぎにとっては、広い草原は遮るものが何もないため敵に狙われやすく、危険極まりない。

かと言って森に入れば、泥炭地に踏み込み、地面はドロドロだし、泥炭を切り取った地面は崖のようになっていて、進むのに大いなる苦闘を強いられる。

そうやって、ヘイズルを長とする十数匹のうさぎは苦難を乗り越え、ファイバーが予言した理想の土地、ウォーターシップ・ダウン(丘陵)にたどり着く。ただし、元いた村から5キロほど移動しただけだったのだが。

ところどころに挟まれる注釈入りの言葉は「うさぎ語」である。たとえば「サーン状態」とは、うさぎたちが許容量を超える事態に直面すると何もできずにぼーっとしてしまい、動かなくなる状態とのことだ。

かと思えば、各章のト書きに、シェイクスピアやプラトン、ナポレオンの言葉などが引用されている。著者は極めつきの教養人であり、子供向けにこの物語を書いていないことがわかる。

やっと理想郷に着き、うさぎ穴を完備して平和に暮らせそうになったところで、この村(ウォーターシップ・ダウン)にはメスうさぎがいないことに気づく。そこからメスうさぎ捕獲作戦の冒険が始まる。

かなり離れた場所にあるエフラファの村には、数えきれないほどのうさぎがいて、メスも余っているのに、そこを統率するウーンドウォート将軍によって全てが統率されている。構成員は自由な行動を許されず、餌を食べにゆくのも糞をするのも規律に則り、上司のアウスラが常に見張っている。

その強大な帝国から、ヘイズルをはじめとする冒険好きのうさぎたちは、さまざまな機略を展開する。ユリカモメのキハールの協力も取り付け、奇跡的にメスうさぎ10匹を連れて帰ることに成功する。

その後、ウーンドウォート将軍と死力を尽くして闘ったビグウィグの功績により、エフラファの村もより自由になり、子うさぎも増え、二つの村は協力して発展してゆく。

この物語がこれだけ世の中に受け入れられたのは、リチャード・アダムスのオックスフォードでの学びと、軍隊および官僚における経験が物を言って、エフラファにおける組織が非常に合理的で良くできていることにもワケがある。

ウーンドウォート将軍という強権的なカリスマに対して、ヘイズルという心優しく下の者の気持ちになって統率するリーダーという、二匹の対比も見事である。

恐怖によって支配されるエフラファと、自由と好奇心によって営まれるウォーターシップ・ダウン。この二つの村のどちらがいいかは明白であろう。

エル・アライラーという、うさぎ族の英雄の冒険談も折りにふれて語られ、またファイバーの予言にも神話的色彩が加味されていて、うさぎ村の物語の面白さは尽きない。

著者は、R.C.ロックリーの『アナウサギの生活』という専門書を参考に書いている。このため、「食べることと生きのびることと生殖すること」だけを考えている、といううさぎの生態がよくわかる。ウサギを飼ってみたくなった。(千)

コメント

タイトルとURLをコピーしました