『移動祝祭日』(2) ヘミングウェイ/高見浩訳  新潮文庫

本の紹介

ヘミングウェイのこの短編集は、手に取るとつい読み出してしまう。そして、読み始めると最後まで読み通さざるを得なくなる。それが素晴らしい小説の価値というものだろうか。

1921年から1927年まで、最初の妻ハドリーとの幸福な生活を送ったパリ時代について、さまざまな歴史上の人物との交際録を交えながら書いている。そこには、ガートルード・スタイン、ジェイムス・ジョイス、スコット・フィッツェラルドなど、綺羅星のごとくの文学上のスターたちが登場する。

1919年の第一次大戦の終戦から、1929年のニューヨークのブラックフライデーの株大暴落で終止符を打たれるこの10年間は、まさにパリのベル・エポックであり、さまざまな人々がパリに吸い寄せられて来た。

ドルが強かったために、特にアメリカ人は本国で暮らすよりも、パリで芸術的環境に身を置きながら暮らすことを選んだのだろう。アメリカ以外にも、スペインからはピカソが、イタリアからはモディリアニが、ロシアからはシャガールが、日本からはフジタが集結して、のちにエコール・ド・パリ(パリ学派)と呼ばれる美術史上の潮流が生まれることとなる。

その時代のパリは、何と新鮮で瀟洒で生き生きとしたエネルギーに満ち溢れていたことか。カフェで飲むアペリティフ、ダースで注文する殻付きの牡蠣、不意に出会う友人の芸術家との会話。リュクサンブール公園やブローニュの森への夜の散歩。この幸福なパリの思い出は、遺憾ながらヘミングウェイの浮気で幕を閉じることとなり、彼の生涯の悲劇的な結末にまで影を落とすこととなったとみられる。

しかし、ヘミングウェイが友人に語ったという言葉が残されている。

「もし幸運にも、若者の頃、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこですごそうとも、パリはついてくる。パリは移動祝祭日だからだ。」

ここには、ヘミングウェイのパリに対する、胸を締め付けられるような愛惜の念が満ち溢れている。(千)

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