『三体』 Ⅰ Ⅱ Ⅲ(劉慈欣 / 大森望 他訳、ハヤカワ文庫)

本の紹介

読書ファンなら、中国のベストセラーSF、『三体』三部作の噂を、どこかで耳にしたことがあるかもしれない。

2007年に中国で発表されたこの小説は、2015年時点で、世界各国で2900万部を売り上げる大ベストセラーとなっている。アメリカに遅れること5年、日本でもやっと2019年に『三体Ⅰ』日本語訳が発表されたが、またたくまに30万部を売り上げる脅威的なベストセラーとなった。

舞台が中国で、登場人物もほとんどが漢字名の中国人、そして幕開けが文化大革命時の北京で、体制に異を唱える学者の粛清から始まる。この物語の幕開けから見ると、なぜこのSFがここまで世界的な熱狂を引き起こしたのかが、正直わからなかった。

しかし読み進めるうちに、とんでもないスケールのストーリーが次々と展開されてゆき、気が付くと、その世界観のなかに取り込まれ、ついに分厚い文庫本5冊(Ⅰ〜Ⅲ)を2週間ほどで読み切ってしまった。

まず、この題名となる「三体」だが、これは英訳するとthree body problemという、物理学上の難題である「三体問題」に由来する。

宇宙空間に2つの同質量の天体があった場合、その二つは互いに引き合い、やがて互いに規則正しい公転を始めるが、これが3つの天体となると、その運動軌道は予測できず、3つがランダムな軌道を描いてさまよう状況となる。この三体運動には規則性が全くないことが証明されているという。

そうした3つの恒星(太陽)をもつ「三体世界」に、ある惑星が存在し、3つの太陽の軌跡に翻弄される運命をもっている。惑星は、あるときは1つの太陽の周りを公転するが、別の太陽が近づくと惑星は宇宙空間にさまよい出し、また別の太陽に引かれてそこを公転する。そのたびに昼夜の時間が変わり、太陽からの距離が近くなると灼熱地獄の乾季となり、遠くなると氷に覆われた氷河期となる・・・

そのような歴史を何万年にもわたって繰り返してきた「三体世界」の惑星の住人たちは、安定した気候の時期だけ文明を発展させ、生存が不可能なその他の時期には、自らを「脱水」してやり過ごし文明を繋いできた。しかし、その努力も限界となり、ついに惑星が住むことの不可能な場所となることが運命づけられたので、「三体人」たちは宇宙船の大群を形成して、新たな居住地をもとめた壮大な旅を宇宙に向けて出発した・・・というのが、この物語の前提である。

地球に知的生命現象が存在することに気づいた三体船団は、そこに向けてはるかな進行を開始したが、たとえ光速の10分の1の速度で運行したとしても、地球に到達するまでの時間は400年以上である。ただし、高度な科学文明を有する三体世界は、2つの陽子、智子(ソフォン)を、光速で地球の監視のために送ってきた。マクロレベルの中に超高度なコンピューターを有する智子(ソフォン)は、量子もつれの性質を利用して、地球上のすべての状況をはるかに離れた船団の中でも知ることができ、思いのままに操作できた。それによって、地球のすべての量子コンピューターや陽子実験場のデータが狂わされ、地球の基礎科学の発展は絶望的となってしまう・・・

これだけでも、かなりのネタバレだが、まだこれは『三体Ⅰ』の半分くらいまでのストーリーである。三体船団が地球にやってくるのは4世紀も後のことだが、近未来のこの時代には人口睡眠の技術が確立されているので、主人公たちは睡眠によって軽々と何十年もの年月を飛び越えて目覚める。すると、さまざまな技術の進歩と時代の変遷により、物語は飛躍的に展開されてゆくのだ。

作者の劉慈欣は北京出身の、コンピューターを管理するシステムエンジニアだったということだが、アーサー・C・クラークの『2001年宇宙の旅』やジョージ・オーウェルの『1984』などの影響を受け、中学生ごろからSFの創作を始めている。『三体』の爆発的ヒットにより、2015年のSF世界大会でアジア人初のヒューゴー賞受賞者となった。

私は数学や物理の基礎的理論はほとんどわからないのだが、わからないながらも、作中の「量子もつれ」や陽子の高次元展開等のアイデア、また哲学上の命題「フェルミのパラドックス」の独自解釈である「暗黒森林」理論など、斬新であっと驚かせる構想に満ち溢れていることがわかる。

また、作中のコナン・ドイルや『風と共に去りぬ』からも引用しており、SF以外の文学への造詣も窺われる。作中の次元の違う宇宙の描写や三体世界の奇妙な生態など、門外漢にも飽きさせず最後までページをめくらせる脅威的な筆力を備えている。

とはいえ、この長い物語に挑戦するのを躊躇するならば、映像配信サイトNetflixで「三体」が、2024年に8話のシリーズとして作成された。こちらは世界配信を意識してか、主人公たちは、イギリス系の美人化学開発者や黒人の理論物理学者、中国女性のキーパーソンなどを揃えて、入りやすい設定となっている。このシーズン1は『三体』ⅠとⅡの序盤くらいを網羅しているが、今年中にシーズン2が配信されるらしく、それはそれで映像が素晴らしいので、また違った楽しみがある。(千)

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