GSバンド・キッパーズとの出会い
札幌市中心部の繁華街すすきのは、昼は死んだような街並みだが、夜になると、きらびやかな明かりと着飾った女性、街頭の呼び込みの嬌声があふれた別世界になる。この光景は昔も今も同じである。いまから52年前の冬、先輩に「コンコルド93」というクラブに連れていかれた。
当時はやっていたグループサウンズ(GS)「ザ・キッパーズ」(渡部弘康バンドマスター)が出演するライブクラブとして知られていた。キッパーズは「風のふるさと」「はまなすの恋」などのヒット曲を飛ばし、道内一の人気バンドになっていた。ラジオ局でリクエスト上位に入り、北海道放送の深夜番組「ヤング26時」のテーマソングとして流れており、「北海道のブルコメ(ジャッキー吉川とブルーコメッツ)」と言われていた。
今もネットのYouTubeで聴くことが出来る。
風のふるさと⇒ https://youtu.be/1A4fr4FQaYs?t=4
ハマナスの恋⇒ https://www.youtube.com/watch?v=ysMtBfPvGKc
スィングジャズが好きだった筆者は、北海道のブルコメを聴いてすぐに気に入った。クラブは、南9条西3丁目、すすきのの南はずれにあったが、通っては楽しんでいた。キッパーズをバックに、ときおり若い女性歌手が出てきてジャズを唄った。聴くほどに歌唱力が素晴らしく、だんだんこっちの方が気になりだした。
気になる若き女性のジャズ歌手が唄う
あるとき、キッパーズのバンドマスター(バンマス)の渡部弘康さんを取材した。そのついでに、女性ジャズ歌手のことを聞いたら、奥さんだという。その女性が黒岩静枝さんだった。
筆者はすぐに黒岩さんに取材申し込みをした。驚くべきことが多数出てきた。歌唱力は、筆者の「評価」では、すすきのでは抜群だ。それ以上に、ジャズにかけた真摯な生き方、その熱意がひしひしと伝わってくる。ベトナム戦争のさ中、戦場の真っただ中に出向き、前線で日夜死闘を展開する戦士たちの慰問団の一員になって、歌唱力を磨いていった経歴に度肝を抜かれた。そのころから筆者は、ある企画ものに取り上げようと本気になって取材を広げていった。
黒岩さんのことは次回に詳しく報告するので、この回はキッパーズとバンマスの渡部さんの話に絞りたい。

写真は「風のふるさと」のレコードジャケットである。バンマスの渡部さん(リードギター、ボーカル)は左端にいる。右端にバンドを50年間支えた関東忠勝さん(サックス、ギター、ボーカル)が、バンマスの右隣に池田純平さん(ボーカル)が見える。若き日のひとコマのこの写真は、何度見ても往時の若きエネルギーを運んでくれる。
渡部さんは、控えめで物静か、余計なことは言わない。静枝さんと一緒になったいきさつを聞いたところ「音楽に取り組む情熱がすごいです」と言う。「そこが気に入ったのですね」と筆者が突っ込むと、それには答えず「自分と似ているところがある」とはにかんで言った。
キッパーズの追っかけになる
筆者は転勤で1978年に東京本社に戻ったが、キッパーズの定期演奏会には都合つく限り東京から通った。追っかけをしたのである。すすきのでキッパーズのライブハウスを開店した後も通った。私が顔を見せると必ず、「はまなすの恋」と「風のふるさと」を演奏してくれた。

すすきののライブハウス「ザ・キッパーズ」で演奏する渡部さん(写真左)。関東さん(写真右から2人目)。「はまなすの恋」を唄ってくれた。
2019年9月に渡部さんは亡くなった。その数年前から病気で入退院を繰り返し、ほとんどステージに上がることはなかった。2019年の2月ころ、一番寒い時期だったが札幌に出向き、渡部さんの入院先に見舞いに行った。思ったよりも元気で、枕元にギターが置いてあり、時には弾いていると語っていた。それから半年後に亡くなったのである。
葬儀には予定があって参列できなかったが、北海道新聞にも報道されたという。出棺のときに「風のふるさと」が流れたと聞いた。本人も、キッパーズがリリースした曲の中で一番好きだと語っていた曲だった。
まだ現役として活動していたキッパーズのメンバー
黒岩静枝さんのことは次回に書くが、2026年8月2日、札幌パークホテルで、黒岩さんのチャリテ―コンサートがあった。参加して楽しんだが、そのときすすきので、キッパーズで演奏していた関東さんと池田さんに出会う機会があった。2人はまだ現役で南3西4の「カフェーアンドバー エッグ」で演奏しており、聴きに行った。年齢と経験を積み上げた円熟した演奏と歌唱で、往時を思い出させるステージだった。

すすきのの「カフェーアンドバー エッグ」で「はまなすの恋」を唄ってくれた関東さん(写真中央右)と池田さん(同左)
私たちは往年のキッパーズの思い出を語り合い、50年前のすすきのを語りあった。函館や然別湖の演奏会に東京から追っかけで行ったこともあった。消えかけていた記憶をたどることで、すすきのの夜は、筆者にとってたとえようもない懐かしさに浸る時間となった。


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