<第53話>交通事故死ワースト1で「突っ走る死」を連載

記者馬場錬成一代記

 突っ走る北海道の交通事故全国1

 1970年代、日本の車社会が急速に拡大していった時代である。北海道は交通事故死者数で、全国47都道府県のワースト1を突っ走っていた。

1970年代(1970-79年)の交通事故死者数の累計を都道府県別にみると、北海道がワーストワンであり、この時代、北海道でで起こす重大な交通事故が大きな話題となっていた。

 筆者は、東京本社社会部の警視庁記者クラブ担当から札幌の北海道支社編集部に異動になり、新たな気持ちで記者活動を始めて、真っ先に気になったことがこのことだった。

 警視庁クラブでは交通部担当になり、交通行政という施策を学び、事故防止は交通取り締まりだけではなく、ドライバーの安全意識の向上や道路標識、安全管理、救急医療体制まで広く、交通文化をレベルアップすることが重要であることを学んだ。

 その一端がシートベルト装着運動であり、夕刊で3回の装着キャンペーン連載をして1973年3月1日に札幌へ異動したものだった。

 そのころ、東京の死者数もワースト3位あたりに付けており、東京の死者数は北海道よりは少ないものの警視庁は首都の名にかけ、本気になって死亡事故防止対策に取り組もうとしていた。

 そのキャンペーンができなかった筆者は、ワースト1の北海道に赴任して真っ先に考えたことは、東京とどう違うかドライバーの交通文化、道路事情、救急体制などを調べることから始めた。

 警視庁人脈で取材を開始

 このとき役立ったのは、警視庁クラブ時代の人脈であり、年間企画「人間この不可思議なもの」で鍛えられた、調査する報道と専門家へのアプローチだった。前者は、警視庁津田交通部長、大堀大刀男参事官に、北海道の交通事故現状を書き、ワースト1になっている現状分析をどのようにやるべきか、教えを乞う手紙を書いた。回答をお願いしたものではなく、いずれ連絡しますのでご教示を乞う手紙だった。

 ところが、すぐに警視庁交通部の竹内管理官から電話があり、交通事故対策について、国家の視点から地方行政体の役割まで、詳細なアドバイスがあった。何よりも警察庁の交通担当に取材するべきと言う助言は、非常に役立った。

  「突っ走る死」という刺激的シリーズを開始

 1973年8月16日、読売新聞北海道版夕刊で「突っ走る死」という刺激的なタイトルで北海道の交通事故死ワースト1を検証する連載を開始した。そのときの主見出しがこの表である。

 今読み返してみると、刺激的な見出しが並んでいるが、内容はもっともなことであり、全国統計を入れたり、足を使ってルポ風に追いかけている取材手法も変わっていた。印象に残っているのは、2回目に掲載した「28回目は堂々無免許」である。43歳のトラックの運転手で、交通事故違反で摘発されること28回。その中には横断歩道で人を跳ねて即死事故まで起こし、2度目の免許停止処分になっていた。その事故を起こしたときは、酒酔い運転、免許証不携帯だった。

 一体どういう人物なのか、自宅を訪ねて立ち話だがインタビューした。違反数が多いがと言うと「免許証をとって20年にもなるからそのくらいは普通だろう」という。死亡事故については「1010万円の慰謝料を払ったので一切かたがついている」と言い、反省の態度のかけらも見えない。

 帰りがけ、この男の居住している近所を「聞き取り調査」をした。刑事捜査の聞き取りを真似て、この男の日常生活面について聞いて歩いたものだ。驚いたことに複数の人から「毎日、トラックを運転して出かけます」という証言だった。男の自宅前には、古いタイヤを積んだ大型トラックが駐車してあった。

 免停になっている人物が、毎日、トラックを運転して出かけるという証言をすぐに北海道警察交通部に通報した。道警交通部も仰天して追跡し、無免許で運転している男を現行犯で逮捕した。その追跡記事も逮捕の瞬間の写真を入れて掲載した。

 典型的な北海道型死亡事故

 なぜ、北海道が交通事故死者で全国一になっているのか。あれもこれもと出てくる証言をいちいち調べてみると、さもありなんという原因が次々と出てきた。

 筆者は札幌に赴任してすぐにトヨタのカローラを購入して、日常的に乗り回した。もちろん取材にも使っていた。すると北海道のドライバーは、東京に比べると明らかに違う。車を追跡して運転行動を調べていくと、速度違反、一時停止違反、駐車違反などが日常化している。「みんながやっている」という意識が交通法規を軽視させ、違反することへの心理的抵抗が薄くなっているのだろうか。

 こうした違反の常態化は第4回の「みんながやるから―まかり通る無法な追い越し・割り込み」に書いた。交通法規を「守るべき社会的ルール」としてではなく、周囲の車の流れに合わせて適当に解釈する風潮があることを書いた。集団として交通違反を容認してしまう北海道の交通風土を問題にしたかった。

 免許制度に問題はないだろうか。これは警察庁の専門家からも取材して、技能試験の問題点を追跡した。それが第3回の「〝未熟〟も通る〝広き門〟―技能試験合格率も全国トップクラス」となった。

 北海道の運転免許試験の実態を取り上げ、運転技術や安全意識が十分身についていない人まで免許を取得しているのではないか、と制度面から問いかけたものだ。

 第6回では、「違反重ねた末に…免許試験にも適性検査を」と踏み込んでいく。事故を起こした運転者を調べると、事故以前から交通違反を繰り返している例が少なくない。そこで、運転技術だけでなく、性格・判断力など「運転者としての適性」そのものを免許制度でより厳しく見る必要がある、という問題提起をした。

 救急医療体制の弱さ、遅れも死亡者の増加に拍車かけていると感じた。交通事故死亡者は、事故後、24時間以内に死亡した人数を統計にあげる。例えば、24時間を1秒でも超えて死亡すると交通事故死亡者としてカウントされない。救急医療が他の府県に比べて発達している東京は、統計の死者数よりも実際の交通事故死亡者数は、多いとも言われていた。

 「事故後」の問題として救急医療の弱さを第5回目に「助かる命見殺し―お寒い救急体制」として取り上げた。事故そのものを減らすだけでなく、事故が発生した後に救えるはずの命を救えているかを検証したものだ。

 広大な北海道では事故現場から医療機関までの距離が長い。救急搬送や医療体制が十分でなければ、同程度の事故でも死亡に至る可能性が高くなる。この回は、北海道の「事故死者数」が多い原因を、ドライバーだけのせいにしないで、救急医療という社会インフラの問題まで広げたものだった。

 北海道の社会的な飲酒習慣と交通事故の因果関係は、夜のすすきのに張り込んで取材した。これが第7回の「酒にむらがる〝車〟・・駐車野放し、口実消しキャンペーン」である。

 飲酒量と交通事故死との関連をデータで示し、酒を飲む場所へ車で行くこと自体が普通になっている生活習慣を問題視した。つまり飲酒と車利用が結びついてしまった社会慣習を取り上げた。

 最後に行き着いたのは「モラル」である。最終第8回の見出しが、「モラル向上こそーマトはずれの取り締まり主義」とした。交通事故が増えれば警察は取締りを強化する。しかし、取締りだけでは根本的な解決にならない。警察官がいるから速度を落とす、取締りがあるから酒を飲まずに運転する、という状態ではなく、交通法規を自分自身と他人の生命を守るための社会的ルールとして自発的に守る意識を育てなければならない。

 これは警視庁クラブ時代に取材していた警視庁の交通行政から学んだことをそのまま主張点として書き込んだものだった。つまり1973年の「突っ走る死」が最後に問題にしたのは、道路でも車でも警察でもなく、ハンドルを握る人間の側のモラルだった、と筆者は主張したかった。。

 ドライバーの遵法意識と社会全体の交通モラル

 今回、1973年の8回の連載を読み直して特に興味深く感じたのは、原因を一つに決めつけていないことだった。運転マナー・遵法精神 → 免許制度 → 運転適性 → 救急医療 → 飲酒習慣 → 警察の取締り → 社会全体のモラルと問題を広げている。

 1970年代の北海道で交通事故死者が多かったのは、広大な土地や道路事情だけではなく、速度違反、無理な追い越し、飲酒運転などを日常的に許してしまう社会風土があり、それを免許制度、救急医療、取締りなど社会システム全体が十分に抑止できていなかったのだ。「突っ走る死」は、その根底にあるドライバーの遵法意識と社会全体の交通モラルを問い直した連載だった。

 50年後に劇的に減少した北海道の事故死

 あれから半世紀余りが過ぎた。北海道の交通事故死の状況はどう変わったのか。今回調べてみて驚いたことは、劇的に変わっていたことだ。北海道だけでなく、日本の交通事故死者数が激減したのである。

 その中でも、北海道が減少率で全国トップになっていた。これには驚いた。日本の車社会が急速に広がった中で、交通事故死者は劇的に減っていった。それを次回で検証する。

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