<第55話>くたばれ北海道価格

 北海道の後進性の象徴か

 1973年3月から北海道支社に異動して、真っ先に感じたのは本州に比べて北海道は物価高であることだった。「まるで外国にきたようだ」と言う人もいたが、それほど極端ではないが、割高であることを感じた。その代表格がプロパンガス、灯油などやトイレットペーパーなどの石油製品だった。

 理由は、原油は輸入品であり、本州で精製したプロパンガスや灯油を北海道まで運ぶ運送費がかかるから割高になるという理屈だった。運送費がかかるというなら、本州各地には遠い距離を運んで行く地域がある。四国・九州などは、こうした差別的価格はない。なぜ、北海道だけなのか。

 「北海道価格は、開拓時代からある税金みたいなものだ」と言う人もいて、半ば諦め顔の人も多く、これこそ北海道の後進性の表れだと本気で怒る人もいた。

 「くたばれ北海道価格」のキャンペーンを展開

 本州から来たいわゆる転勤族は、ガソリン、プロパンガス、灯油が北海道は割高であることを真っ先に感じた。北海道の冬の寒さは、本州では体験できないものだ。もっとも青森、秋田、新潟などの豪雪地帯と比べれば、似たようなものと言えなくもない。

 寒さを凌ぐためには少々高くても、ま、仕方ないという気にもなるが、デスクに言われて取材してみるとこれはおかしいと思い始めた。

 1973年から74年の冬の時期に「物価パトロール」という小見出しを付けたキャンペーンが始まった。編集部の遊軍記者が主体になり、多くの記者が参加したもので、筆者も加わった。

 この表で見るようにプロパンガスの流通経路をたどって値段(10キロ)を調べてみるとメーカーが出す値段からして違う。出発点が高いのだから元売り商、卸店、小売店と割高がそのまま引きずり、一般家庭に届くときには、10キロボンベが1500円となり、本州価格より200円高くなる。

 筆者が勤務する読売新聞には、冬の期間は寒地手当があったが、これは北海道の燃料費の補填する意味があった。ただ、筆者は、冬の札幌五輪(1972年)で使った選手村をそのまま団地として貸し出した暖房完備の建物だったので、暖房費は家賃と一緒に支払っていた。当然、割高だった。

 取材するたびに意味不明の北海道価格

 プロパンガスの北海道価格を追跡取材してみると、高い卸値を起点にして流通経路で順次上乗せして消費者に届く。メーカーと卸商にただす取材だったが、いくら追及しても「慣例です」と逃げられた。

 北海道の冬は、雪道をかきわけるようにして配達することが多い。確かに本州とは違う。しかし違いはその程度ではないか、と素人は思う。

 取材しているうち、本州よりも安くプロパンガスを販売している業者にも出会った。業界に知られると「村八分」になるから極秘という条件だったが、商法にそれなりの工夫があった。

 プロパンガスのボンベは重い。だから運搬も大変だから2本、3本とまとめて配達し、回収もまとめて処理する。配達員をやりくりすると、一人分の人件費くらいは浮いてくると言う。若い世代の経営者だった。消費者も黙っているから分からない。

 中東のオイル戦争で物価が1年で18.7%も高騰した時代もあった。トイレットペーパーが不足して長蛇の列を作り、特に冬の厳しい寒さのころは、世の中どうなるのか不安感で一杯の時代でもあった。

 安い北海道価格もあった

 一方で北海道は安いと思わせるものが多数あったので、相殺すれば筆者などは、北海道は安くて住み心地がいいという評価になった。北海道の農産物は機械化が普及してきたためタマネギ、トウモロコシ、ジャガイモなどは本州よりも安くていいものが出荷された。

 魚介類でも、カニ、ウニ、イクラなどの高級種は、本州よりもずっと安く、ホタテもいいものが安く手に入った。こうした品物は、札幌市内にいくつか市場があって、そこに行けばいつでも入手できる。

 筆者は、転勤して間もないころ、毎日、毛ガニを買って食べていた。1個500円が相場だったので、「タダみたい」な感覚で買っていた。いまは信じてもらえない話だが、カニは毛ガニのほかタラバガニ、ズワイガニなど季節によって出回る時季があり、食べ方もそれぞれだった。「毛ガニをメシ代わりに食った」時代が懐かしい。

コメント

タイトルとURLをコピーしました