『クイーンズ・ギャンビット』

本の紹介

ウォルター・デヴィス/小澤身和子 訳 新潮文庫

世界中で話題になっている「クィーンズ・ギャンビット」をNetflixで観た。2020年配信の、チェスにまつわるフィクション7話ものだが、最初の28日間で6200万世帯が視聴し、Netflix限定脚本シリーズで最大視聴数を記録したとのこと。この作品の影響で、チェス人気も高まり、チェス版の売上も急増したらしい。

筋書きはこうだ。

高名な数学者を母に持つエリザベスは、シングルマザーとなった母のノイローゼにより、自殺と見られる交通事故に巻き込まれるが、一命を取り留める。孤児となったエリザベスは、キリスト教が運営する孤児院に収容される。

聡明なエリザベスは、授業にも飽きて退屈していたが、ある日地下で出会った用務員のシャイベルさんからチェスを教わることで、生活が一変する。みるみる腕を上げて用務員を負かすようになり、わずか9歳にして近所の高校のチェスクラブの生徒たち12人と多面差しをしてもあっという間に打ち負かすほどに腕を上げる。しかし、孤児院で配られていた安定剤に依存して、トリップした意識の空想の中でチェスをするようになり、ついにはチェスを禁じられてしまう。

13歳になった時、子供を亡くした夫婦にもらわれることとなり、郊外の一戸建てに移る。しかし夫婦関係は冷え切っており、夫は出張ばかりでほとんど家に寄り付かず、妻は無為に時を過ごし、時には酒や薬に溺れていた。

養育費を稼ぐため、エリザベスはケンタッキー州のチェスの大会に出ることにし、孤児院の用務員に手紙を書いて参加費を借りる。中学生で一人だけの女子のエリザベスは、ダークホースだったにも関わらず、あっという間に決勝まで勝ち進み、見事栄冠を手にする。

賞金の100ドルを手にしたエリザベスは、チェスセットや、流行の洋服を買う。そして養母と共に、米国各地のチェス大会に参加し、あらゆる大会で勝ち続けて、20歳の時、ついに全米チャンピオンとなる。しかし、どうしても勝てない相手がソビエトのボルコフというグランドマスターだった。パリの欧州選手権では、前日に飲んだ深酒が祟って遅刻し、惨敗してしまう。

アメリカに戻ったエリザベスは酒浸りとなり、チェス仲間の心配をよそに自暴自棄の生活を送る。そこに訪ねて来たのは、かつて孤児院で共に育った黒人のジョリーンだった。用務員のシャイベルさんが亡くなったとのことで、共に葬式に出かけるが、かつての地下のチェス盤があった場所には、シャイベルさんが貼ったエリザベスの新聞の写真や手紙が残されていた。

誰からも顧みられないと思っていたエリザベスは、シャイベルさんが自分の成長をずっと見守っていたことに気づき、涙を流す。ジョリーンもまた、エリザベスの活躍を陰ながら応援しつつ成長して、今は弁護士事務所のパラリーガルとなっていた。

ボルコフとの一戦で世界大会に出るためにモスクワに行く必要があったが、エリザベスには渡航費用が無く、支援してくれていたキリスト教団体の援助も断ってしまっていた。ジョリーンは、弁護士になるため大学進学を目指して貯めていた貯金を差し出し、エリザベスのモスクワ行きが叶う。エリザベスは酒も薬も断ち、ボルコフの棋譜をひたすら研究して試合に臨む。そこには、高校時代から思いを寄せていたタウンズも現れ(ゲイだったが)、セコンドとして力を貸してくれた。

ボルコフとの闘いは苦戦をしいられ、米国の好敵手たちもあらゆる可能性を探って、勝てる手を考えてくれたが、ボルコフは予想外の手を打って来た。エリザベスは窮地に立たされ、絶体絶命の瞬間、かつてトリップ中に空想の中に現れたチェスの駒が現れて、勝利への道が開けてゆく。

見事ボルコフに勝利したエリザベス。米国に帰る空港に向かう途上、車を降りて公園を歩くと、チェス盤を囲んでいた老人たちが何十人も近寄って来て、健闘を讃えた。エリザベスは微笑みながら、一人の老人と勝負を始める…

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ストーリーも主人公もとても印象的で、2回続けて観てしまった。自分の養育の行き詰まりから母が自殺し、誰からも顧みられなかったエリザベスは、チェスで勝つことだけが存在意義であり、それによって徐々に追い詰められてゆく。

それにしても、チェスや将棋は、どこまでも頭脳の中の闘いなので、努力しようと思ったら際限なく考えるしかなく、狂気に陥ったり酒浸りになったりするのもわかる気がした。人よりも高い知性や才能を持った人たちは、それだけの代償がある、とシャイベルさんも言っていたが、その人にしかわからない苦しみは誰にでもあるなぁ、とつくづく思った。

映像では、ヒロインの美しさと目の輝きも、一役買っている。主人公のエリザベスを演じたアニャ・テイラー=ジョイがとても魅力的で、最初はさえない服装の目立たない女子高生だったが、勝ち進むに連れて自信がみなぎり、服装もだんだん洗練されてゆく姿が、印象的である。

タイトルの「クィーンズ・ギャンビット」とは、チェスのオープニングの技の一つで、先手の白のプレーヤーがクィーンで盤面中央を支配して戦略的優位を得るために、試合開始早々ポーンを犠牲にすること。「クィーン」となるエリザベスが、数々の並の男たちを蹴散らしてゆく展開を暗示している。

面白かったので原作も新潮文庫を取り寄せて読んでみた。1980年にアメリカの作家、ウォルター・デヴィスによって書かれた作品で、この作家は映画「ハスラー」の原作も書いた元高校教師。Netflixの人気で原作ももう一度日の目を見て、文庫本の表紙もNetflixの主人公を前面に出している。

ただ、私の感想としては、この作品に関してはNetflixに軍配を上げたい。Netflix版には、原作にないエピソードが追加されて、それが効果的な伏線にしていたし、なにより主人公の眼差しの魅力が作品を支配していたように思う。「後付け」で走る映像文化の強みなのだろう。(千)

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