60年間歩いた記者人生のすべて

60年間歩いた記者人生のすべて 記者馬場錬成一代記

1965年4月に読売新聞入社から現在まで、ほぼ年代を追って記者人生の記録を開示します。前半は、新聞記者としての活動記録をたどりながら、歴史論考をしたいと思います。後半は、新聞記者として蓄積した知識を基盤に、主としてリタイア後に展開してきた科学ジャーナリストとしての活動内容を報告します。第1回は、1968年12月10日、東京都府中市で発生した3億円事件から始まります。

記者馬場錬成一代記

<第41話>有名デパートが軒並み騙された純金詐欺事件

デパートを騙して純金を取り込む詐欺事件  この事件で被害にあったのは、三越、高島屋、伊勢丹、松屋、松坂屋であり、都内のデパート業界トップ5店。いずれも東京店の外商部を舞台にした詐欺で、摘発された時点で被害総額約4億円。純金地金の取引が騙しの...
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<第40話>噴出した公営ギャンブルの八百長事件

次々と摘発された八百長選手と暴力団  1970年代に入ってから、戦後復興期を脱出した日本は、高度経済成長期に入り、社会全体が沸き返っていた。カラーテレビの普及と共に娯楽番組が増え、プロ野球の人気がいよいよ高まっていった。手軽なギャンブルと言...
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<第39話>大胆な交通行政 都心3区全面駐車禁止

夜になると自宅に押し掛ける  筆者の担当は警視庁の防犯部と交通部になり、早速、その日の夜回りから活動が始まった。警視庁の取材は夜になって警視庁の刑事や幹部の自宅に押し掛け、雑談を交えて取材する慣行があった。自宅まで押し掛けられる方は迷惑だと...
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<第38話>半日だけに終わった警視庁2課担当

警視庁クラブとは何か  社会部は当時、100人内外の部員を抱える、編集局最大の部署であった。主として社会面を担当するが、大きな事件・事故などは一面から大扱いになるし、行政官庁の政策・施策や不祥事なども一面から掲載し、それを受けて社会面でも扱...
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<第37話>「わたしのドラマ」掲載預かり・中川善之助

次は民法の大家・中川善之助  「わたしのドラマ」は、功成り名を遂げた人の一生を1ページを使って書く企画ものだが、社会部の遊軍記者が主体になって、次々と有名人を登場させていった。  筆者は中澤デスクの下命で、ロケットの父・糸川英夫さん、オート...
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<第36話>技術は思想がリードする 本田宗一郎の経営哲学

社内を明るくするオヤジさん  東京、青山にあった本田技研工業本社応接室で待っていると、やあやあというガラガラ声と共に本田宗一郎社長が入ってきた。「わたしのドラマ」のインタビュー取材である。どう見ても作業着風の服装であり、長椅子のソファに腰掛...
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<第35話>「わたしのドラマ」ロケットの父・糸川英夫

大事件・事故が頻発した2年間  1971~72年の2年間を振り返ってみると、筆者の人生の中でも大きなニュースが発生した期間だったように思う。「人間この不可思議なもの」の企画を担当していたので筆者が直接かかわったことは少なかったが、沖縄返還だ...
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<第34話>年間企画「人間この不可思議なもの」を総括する

勉強に明け暮れた1年間  1970年の秋から始まった年間企画「人間この不可思議なもの」の準備・取材・執筆では、取材する時間よりもはるかに勉強する時間の方が長かった。原稿執筆も大変苦労したが、共に取材して執筆した中澤道明(1922-2007年...
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<第33話>効率よく働くDNA脅威の役割を解明

「オペロン説」で知った精妙なDNAの姿  遺伝子DNAは、人間を形成する約60億個の細胞全ての細胞核に保管されている。眼に見えない微細な化学分子の中に、たんぱく質の製造を規定するアミノ酸配列がきちんと配置されており、生命活動はこのDNAの必...
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<第32話>ノーベル賞間違いなしと言われた大発見

名古屋大学にいた世界的英才を取材  1971年ごろ、DNAの構造発見から分子のふるまいの新たな知見が次々と発見され、分子生物学と言う新しい学問が勃興して世界の研究現場は沸き立っていた。  そのころ分子生物学の先端を走っているのは、名古屋大学...