60年間歩いた記者人生のすべて

60年間歩いた記者人生のすべて 記者馬場錬成一代記

1965年4月に読売新聞入社から現在まで、ほぼ年代を追って記者人生の記録を開示します。前半は、新聞記者としての活動記録をたどりながら、歴史論考をしたいと思います。後半は、新聞記者として蓄積した知識を基盤に、主としてリタイア後に展開してきた科学ジャーナリストとしての活動内容を報告します。第1回は、1968年12月10日、東京都府中市で発生した3億円事件から始まります。

記者馬場錬成一代記

<第55話>くたばれ北海道価格

北海道の後進性の象徴か  1973年3月から北海道支社に異動して、真っ先に感じたのは本州に比べて北海道は物価高であることだった。「まるで外国にきたようだ」と言う人もいたが、それほど極端ではないが、割高であることを感じた。その代表格がプロパン...
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<第54話>激減した北海道の交通事故死

70年代は北海道の交通事故全国一が突っ走る  下の表を見て欲しい。上が70年代の10年間の都道府県別交通事故死者数の累計ワースト10である。続いて掲出した表は、直近10年間(2016年~25年)の累計死者数のワースト10である。  死者数ト...
記者馬場錬成一代記

<第53話>交通事故死ワースト1で「突っ走る死」を連載

突っ走る北海道の交通事故全国1  1970年代、日本の車社会が急速に拡大していった時代である。北海道は交通事故死者数で、全国47都道府県のワースト1を突っ走っていた。 1970年代(1970-79年)の交通事故死者数の累計を都道府県別にみる...
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<第52話>日本のトップに上り詰めたジャズシンガー黒岩静枝さん

ジャズと向き合う真摯な情熱にひかれる  札幌すすきののクラブ「コンコルド93」で唄っていた黒岩静枝さんは、当時、26歳で一児の母だった。グループサウンズ(GS)でヒット曲を続けて出していたキッパーズのバンマス、渡部弘康さんの奥さんだった。ジ...
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<第51話>すすきので出会ったGSバンドとジャズ歌手との50年の交流

GSバンド・キッパーズとの出会い  札幌市中心部の繁華街すすきのは、昼は死んだような街並みだが、夜になると、きらびやかな明かりと着飾った女性、街頭の呼び込みの嬌声があふれた別世界になる。この光景は昔も今も同じである。いまから52年前の冬、先...
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<第50話>統治行為論で逃げた長沼ナイキ控訴審判決

控訴審判決に備えて猛勉強に明け暮れる  一審札幌地裁の「自衛隊は違憲」とする判決を受けた札幌高裁の控訴審は、小河八十次裁判長となった。小河裁判長は、理論派で厳格な法解釈で知られていたようで、この裁判長人事は最高裁からの「送り込み人事」とか「...
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<第49話>自衛隊は違憲・長沼ナイキ訴訟を担当

世界に例がない「平和憲法」の第9条  精神力、気迫、神風など実態の伴わない言葉で国民を躍らせ、太平洋戦争でボロ負けして全てを失った日本は、「軍の暴走」の反省に立って、戦後、日本国憲法第9条を制定した。  日本国憲法第9条(要点) 第1項(戦...
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<第48話>大自然を満喫させた野鳥との出会い

探鳥会に参加して野鳥に開眼  北海道生活が始まって間もないころ、小学生の間で「小鳥先生」として有名になっている柳澤信雄先生に出会った。小学校の校長先生で、野鳥だけでなく植物、農業、四季折々の自然景観などにも精通しており、話は子どもたちへの話...
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<第47話>スルメ一枚で地獄から這い上がった炭鉱事故

北海道転勤から9日後に起きた炭鉱事故  札幌転勤から9日目の1973年3月9日、札幌から北90キロにある上砂川町の三井鉱山砂川鉱業所の地下700メートルの採炭場で、崩落事故が発生し6人の坑内員が生き埋めになった。第一報が札幌の編集部に届いた...
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<第46話>伊達火電・建設反対運動に取り組む(下) 住民運動から革新勢の運動に変革

東京の情報から北海道にジャンプした取材原  警視庁記者クラブ時代の人脈から、北海道の公務員のある方を紹介された。転勤から一か月ほどたったころ、所用で上京し、すぐ引き返したわずかな時間を工面して警視庁に寄り、記者クラブには寄らずに世話になった...