団地の青空駐車場にあった多摩五郎
現金輸送車のセドリックから、3億円のボーナス袋が入った3個のジュラルミン・トランクを積み替えて逃走した濃紺のカローラ(「多摩5ろ 3519」、通称多摩五郎)は、事件発生から4か月目の1964年4月9日に発見された。
場所は府中市に隣接する小金井市内で、事件発生現場から直線で4キロの距離だ。830世帯が入居する小金井本町団地の青空駐車場に、グリーンのシートカバーをかぶっていた。
この日トヨタ東京カローラのセールスマン2人が、団地内の居住者が車を買い替えたので、古い車の下取りにやってきた。下取りの車の隣に止まっているシートに覆われた車を見た。シートの裂け目からちらっと車内を覗くと、ジュラルミン・トランクが見える。車の後部に回って、シートの上から触ってみるとカローラである。
慌ててシートをまくり上げて車体の色を確認した。世間では濃紺と言っていたゼウスブルーである。仰天した二人は近くの交番に急行し、手配書から間違いなく多摩五郎であることを確認した。
その当時の団地の駐車場は、どこも青空駐車場であり、空いている場所に適当に駐車するのが普通だった。車の所有者も少なかった。長い間、同じ場所に止めてあっても気にする人はいない。その盲点をついて、犯人は乗り逃げしてきた多摩五郎にシートをかけて放置して逃走したものだった。シートは盗品だった。

画像説明 濃紺のカローラ多摩五郎を囲んで検証する捜査陣。車のナンバーがはっきりと見える。中にトランクが積んでいるのも見える。この画像は写真をもとにAI(ChatGPT)に作成させたものだ。
筆者が現場に急行したときはすでに非常線が張られ、駐車場一帯はヤジ馬も加わって大変な騒ぎになっていた。多摩五郎のシートはとられ、すでに3個のジュラルミン・トランクが、車の後ろに並べられていた。その周辺には、警視庁捜査一課、三課、鑑識課の課長や係長など顔見知りになっていた幹部が勢ぞろいしている。それだけでも大発見であることを改めて認識してこちらも興奮した。
果たしてジュラルミン・トランクの中にボーナス袋は残っているのか。誰もがそのことを口にするが、誰もが「中はカラだよ」と言い合っていた。
鑑識課長だったと記憶する。ジュラルミン・トランクを一個づつ開け、中を報道陣に向かって見せると、何もないと言わんばかりに逆さにして振って見せた。小さな笑い声が起きた。三つ目のトランクを逆さにして振ったとき、輪ゴムがひらりと落下したのが見えた。

画像説明 トランクを広げて見せる鑑識課の捜査員。トランクを逆さにして中身がないことを見せるパフォーマンスもあった。3つ目のトランクを逆さに振ったとき、輪ゴムが一個、ひらりと落下した。写真のバックに群がっているメディア関係者は、実際にはトランクの前に群がっていた。画像は数枚の写真をもとにAI(ChatGPT)に作成させたものだ。
カラのジュラルミン・トランク3個を積んだ濃紺のカローラは、いったいいつからこの駐車場に止まっていたのか。捜査陣は、新たな手掛かりに勢いづいたのは間違いない。
しかし、日がたつに従って多摩五郎は、だいぶ前から駐車されていたことが、住民らの目撃情報からわかってくる。捜査本部を落胆のふちに追い込んだ情報は、航空自衛隊の偵察機の撮影していた航空写真だった。団地駐車場が写っているその場所に多摩五郎が確認された。撮影日は、事件発生翌日の12月11日、午前11時17分だった。
なんと犯人は、現金輸送車を奪ってから26時間後には、団地の駐車場に現金を抜き取った多摩五郎を放置して逃走していたのだ。それから丸4か月経ってから発見されても、もはや手遅れである。犯人のアジトが府中・小金井市周辺にあるらしいことは分かったので、捜査本部は改めて捜査員を大量に投与して聞き込み捜査を展開したが、めぼしい情報は出てこなかった。
多摩五郎の行方さえ分かればと期待をかけていた捜査陣の落胆は、想像して余りある。この事件は、発生から的確な情報を欠き、捜査陣の対応がすべて後手に回った。逆の言い方をすると犯人の行動が、先手・先手と展開していき捜査陣は振り回された。それは犯人にとっては幸運であり、捜査陣には不運だった。
多摩五郎で期待を裏切られた捜査陣は、モンタージュ写真で全国手配している犯人を追っていったが、それが大失態を招くことになる。
つづく


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