<第11話>学生運動とインターナショナル

記者馬場錬成一代記

 全学連から全共闘さらに過激派闘争へ拡大

 1971年の春、当時の政権は佐藤栄作内閣であり、沖縄返還交渉で最後の詰めに入っていた。そのころから返還に関わり日米間で密約を交わしているのではないかとの追求質問が国会でも、たびたび出てきており、新聞でも反佐藤や佐藤早期退陣論が公然と書かれるようになる。

 そういう流れの中で社会党、共産党、労働組合などは、反戦、沖縄反対を主張する政治運動の大規模集会やデモを行うが、規制の取れた整然としたデモ行進だったので、筆者のようなサツ回りが取材することはなかった。取材対象はもっぱら、無届で街頭に出てくると、激しくジグザクデモを始める過激派学生集団だった。

 学生運動は、大学単位の全共闘闘争から過激派の各セクトによる火炎瓶さらに爆弾闘争へとエスカレートしていく。取材する方も命がけだった。機動隊の後方で動いていく方策が最も安全だった。

 日比谷野音が最大の拠点

 街頭闘争の拠点のひとつが、日比谷公園の中にある大音楽堂の日比谷野音(ひびや・やおん)だった。半円形の巨大な屋根をしたステージの前には、野外の客席として椅子が並んでおり、音楽界や各種の催事が開催されていた。同時に多くの労働・政治関係組織の集会にも利用されていた。

 野音は屋外なので開放的であり、入退場が自由にできるという利点があった。それに目を付け、過激派学生運動の各派の集会会場としてもよく利用されていた。筆者は丸の内警察署のサツ回りの記者クラブ担当なので、毎日そこに出勤する。筋向いが日比谷公園だから、日比谷野音にたびたび取材に行く機会があった。

 その日も中核派・革マル派・社学同・学生解放戦線・反帝学評などを名乗る数千人の学生が集結し、それぞれセクトの旗やのぼりをなびかせ、グループの輪がいくつもできて演説が始まっていた。グループごとに集結して反戦、沖縄返還阻止などを主張して気勢をあげている。決起集会の後は街頭に無届デモで繰り出し、国会に向かうことが想定されていた。それを阻止するために機動隊のバスが公園を囲み、野次馬となった一般学生たちは、過激派学生を包むように群衆となって公園の中にいた。

日比谷野音で集会を開く学生たちの画像をAI(ChatGPT)が作成した。

 公園を取り囲んでいる機動隊のバスの中は、出動服で身を固めた機動隊員がすし詰めになっている。沖縄返還反対運動の過激派集団の動きは、警視庁公安部が把握していた。革マル、中核、ブント、反帝学評などには内部通報者が入っていると言われており、集会があるときは私服を着た一見してそれとわかる警察官があちこちに配置されていた。

 携帯電話などない時代である。連絡網はもっぱらポケットベルだけだが、それとて一方的な呼び出し合図だけであり、外で使える電話は、唯一公衆電話だけだった。しかし日比谷公園周辺の公衆電話はどこも壊れていて使い物にならなかった。

 筆者は、報道と表記したヘルメットをかぶり、報道と染め抜いた腕章を巻いていた。肩から無線機とカメラをたすき掛けにし、一般学生の群衆の中に入り込んでいた。野音のステージが見える位置まで来て全体を見ると、ヘルメットにゲバ棒を手にした過激派学生がステージの前を埋め尽くし、その外側には平服の学生たちが十重二十重と取り囲んでいた。筆者はその中で学生の演説を聞いていたその時だった。

ステージの裏で突然、火の手が上がって群衆の雄たけびが波状となって広がってきた。激しい投石が始まった。誰と誰が対立しているのか全く分からない。学生同士の内ゲバなのか学生と機動隊との衝突なのかもわからない。ただ、異様な熱気と怒号が渦巻き、ときたま石つぶてが飛んでくる。筆者は一般学生と一緒になって、群衆の流れに身を任せながら日比谷図書館の方に引き返していく。

 インターナショナルを唄う

 そのとき突然、学生の歌声が怒涛のように沸き起こった。「インターナショナル」の合唱である。現場が混乱し収拾がきかなくなると突如スクラムを組んで「インターナショナル」の大合唱をすることで全体を共通の輪にまとめ上げる。これが過激派学生のリーダーのやり方だった。

 セクトの壁を越え、過激派もノンポリ・一般学生も関係なく、スクラムの輪となって若いエネルギーがほとばしり、あっという間に大合唱が公園全体を包んでいく。

 突然、どこかで「入れ!」と言われたような気がして眼で探すと、サツ回りで顔見知りだったある社の記者が一般学生たちとスクラムを組んで歌っている。その記者が首を巡らせて入れと合図をする。周辺の学生たちも入れと言う。

 とっさに筆者は、スクラムの間に割って入ろうとすると、仲間の記者は「ヘルメットをとって腕章を外せ!」と怒鳴る。学生たちの笑い声の中で筆者はあわててヘルメットを脱ぎ、腕章を外しスクラムの中に入った。

 起て飢えたる者よ 今ぞ日は近し

 醒めよ我が同胞(はらから) 暁(あかつき)は来ぬ

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 過激派学生の取材で、何十回も聞いてきた歌だから歌詞も節回しもみな分かっていた。ノンポリの学生たちといえども、主義信条がなかったわけではない。ヘルメットとゲバ棒の行動に一歩踏み出すかどうかは、仲間たちの環境に支配されることが多く、反対闘争にかける信条は同じであった。その若いエネルギーが取材を繰り返す筆者にも乗り移っていた。

 AI(ChatGPT)が作成したスクラムを組んでインターナショナルを唄う過激派学生たちの画像。

 筆者も声をからして歌った。学生たちと一体となった感情は押しとどめることができなかった。歌い終わると筆者と仲間の記者は、素早くその場を離れて公園の外へ出ていった。今だから白状するが、20歳代の最後の場面ではそういうこともあった。

 いま、ユーチューブで「インターナショナル」を聴いても、歌詞は出だしだけ歌えるがあとはほとんど出てこない。悲しいかな、記憶の劣化を認識しただけだった。

つづく

コメント

タイトルとURLをコピーしました