過激派学生が火炎びんから爆弾闘争へ
東大安田講堂陥落後、過激派学生運動は、沖縄返還をめぐる反対運動へと転じ、野党の社会党・共産党、労働組合組織の反対運動に合わせて暴れ回るようになった。野党は沖縄返還協定承認を巡る国会の大詰め審議をとらえて、反対集会を全国で展開していた。沖縄では1971年11月11日に大規模なゼネストを決行しており、それを受ける形で11月14日に全国で反対集会を展開した。
機動隊に火炎びんを投げる過激な運動
過激派学生は警官隊に火炎びんを投てきするようになっていた。警視庁の会見では、中核派など一部の過激派学生がパイプ爆弾の製造も始めていると発表しており、取材する際には十分に注意するように警告を出すようになっていた。
過激派学生もこれに乗じて中核派、革マル派など各派が集会を仕掛けており、学生たちが火炎びんを投てきする激しい行動に出ることが予想されていた。

機動隊に向かって火炎びんを投げる過激な運動が広がっていた。
社会党・総評系は、日比谷の野外音楽堂で「安保廃棄・沖縄返還協定反対・日中国交回復実現・佐藤内閣打倒中央総決起集会」を開き、1万2000人が参加して開かれていた。決起宣言などセレモニーが終わると東京駅までデモ行進が行われるだけで平穏に終了していた
最初、筆者が取材に向かったのは、芝公園の過激派学生の集会だった。社の車で公園の周辺まで来て様子を見ていると、警視庁記者クラブで留守番をしている同僚の記者から、池袋に行くように指令が入ってきた。警視庁はこの日、最高警備本部を設置し、全国から1万2000人の警察官を都内各所に動員して警備にあたっていた。
池袋駅に停車中の山手線の電車内に多数の学生が入り込み、火炎ビンを炎上させ、乗客が逃げ惑うなど大騒ぎになっていた。ほどなく今度は、渋谷へ向かえと言う指令が入り、渋谷のNHK本部前まで行って社の車を降り、野次馬に紛れて駅周辺まで行ってみた。ハチ公の見える交差点付近にはヘルメット、ゲバ棒の学生の集団は見えない。警視庁警備部の覆面パトカーを探して情報を聞いてみると、この日の学生は変装して集まってきているという。背広姿の若者はたいてい、バッグかリュックを背負っていた。その中にヘルメットや火炎ビンが隠されており、密かに集まってきているという情報だった。
若者たちの所持品をチェックする警官隊が随所に見え、若者たちと警官が検問をめぐって激しくやりあっている様子があちこちに見える。交差点めがけて立て続けに火炎びんが飛び交ってきた。それを合図にあちこちでヘルメットをかぶった学生たちが隊列を組んでジグザクデモを始めた。それを阻止しようと襲い掛かる警官隊と激しい乱闘が始まり、市街戦のような混乱になってきた。筆者は近くのビルに素早く逃げ込み、上階の見晴らしのきく窓際を探して駆けのぼった。
渋谷区神山町の派出所周辺では、新潟県の新潟中央警察署から動員されてきた中央小隊27人が警備に当たっていた。そこへ中核派の学生ら約150人が一斉に火炎びんを投げてきた。襲撃を受けた小隊の中には、火炎びんをまともに受けた隊員がおり、燃え上がった火を同僚が消火器で消し止めるなど大混乱に陥った。
小隊は一時、後退することにし、催涙弾のガス銃を装備した隊員二人が小隊の最後尾に留まり、後退を支援しようとして三発のガス弾を学生に向かって撃つと車道から脇道に走っていった。ところが一瞬逃げ遅れた中村恒雄巡査が学生に取り囲まれ鉄パイプで乱打される。失神状態になったところへ学生たちはガソリンをかけ、そこへ一斉に火炎びんを投てきした。恐ろしい勢いで火柱があがった。
小隊が救援に来たときは全身やけどで見る影もなく悲惨な状態になっており、新潟県から応援で出動してきた21歳の警察官は、同年代の学生たちの容赦のない攻撃によって殉職した。殉職後、二階級特進で警部補になった。

近所の人の話では、慰霊碑には、いまでも生花や水が絶えないという。

殉職した警察官の慰霊碑の裏には、このような顕彰碑があった。
あれから55年を経て、筆者は現場周辺に行ってみた。殉職警察官の死を悼んだ慰霊碑をやっと探し当てた。現場の環境は激変し、ビルの脇に慰霊碑が設置されていた。
「星一つ 落ちて都の 寒椿」の慰霊句が刻まれていた。
革新系政党・団体によって全国一斉に展開された沖縄返還協定反対運動は、平穏に終わったが、これに便乗した過激派学生は、都内各所で暴動を起こして大きな被害を残した。夜遅くまでゲリラ的に暴れ回り、山手線を止まらせて火炎ビンを暴発させるなど乗客8人が重軽傷を負った。
火炎ビンを受けて負傷した警察官が24人、一般の人も19人が重軽傷を負った。この日過激派学生のうち都内で313人が凶器準備集合罪などで逮捕され、北海道、宮城県でも学生8人が逮捕された。
殺害容疑者を2017年に逮捕
警視庁は、殉職警察官を殺害した主犯として中核派幹部の大坂正明容疑者を指名手配した。長いこと行方は分からなかったが、2012年に非公然アジトに潜伏していたことがわかった。
2016年11月1日から、捜査特別報奨金対象事件となり、大坂容疑者の逮捕に繋がる情報に300万円の懸賞金がかけられた。2017年5月、広島県内の中核派アジトを捜索した際、公務執行妨害などで逮捕された。公判では一貫して犯行を否認したが、2023年12月22日、東京地裁(高橋康明裁判長)は「無抵抗の被害者を一方的に暴行した非道な犯行だ」として、懲役20年を言い渡した。大坂被告側は即日控訴している。


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