<第27話>夢を見ているとき脳は何をしているのか

記者馬場錬成一代記

 夢はなぜ見るのか

 55年前、睡眠と夢に関する最先端研究を取材してショックを受け、大いに興味を持った。あれから半世紀余、研究はどう展開されてきたか調べたところ、現代の脳科学でも完全にはまだ解明されず、今なお様々な現象が仮説の域から出ていないことを知った。

 「人間この不可思議なもの」シリーズの取材では、先端科学研究を聞きに行き、感心して帰社するとすぐに原稿執筆にとりかかる日々だった。その中でも睡眠と夢の話は、自分自身の体験に結びつくため、とりわけ興味が深かった。

 眠っているのに眠っていない脳

 人間の睡眠時間を8時間とすると、レム睡眠とノンレム睡眠が90分間隔で4,5回繰り返し、最後の夢を見ているときに朝の目覚めになる。これが発見されたときのエピソードが面白い。

 人間が目覚めて活動しているときは、脳波が激しく波打っている。眠ったときの脳波は、ゆったりした波形になる。ところが睡眠中に突然、脳波が活動する波に変化して、しばらく続くことが発見された。被験者が寝たふりをして、実は起きていると疑われた。日本的に言うと狸寝入りだ。ところが、このような現象はマウス、ネコ、サルでも出てくる。眠っているのに脳は寝ていないときがあるという事実に当時の研究者は仰天した。

 眼球が左右に激しく動くレム睡眠

 夢を見ている睡眠時間をレム睡眠、夢を見ていない睡眠をノンレム睡眠と呼ぶ。レムは英語のREM (Rapid Eye Movement)でノンレムはレムでないことである。レムは英語で見るように「急速眼球運動」のことで、寝ている人のまぶたを見ていると、左右によく動く時間があるので、この名前が付いた。

 人間の睡眠を8時間とすると、ノンレムとレム睡眠が交互に繰り返し4,5回きて、最後のレム睡眠のときに自然と目覚める。

 夢を見ていない睡眠と見ている睡眠が交互に4,5回くるが、そのとき脳や体の活動はどうなるのか。それをまとめたのが次の表だ。

ノンレム睡眠とレム睡眠の特徴
項目ノンレム睡眠レム睡眠
眠りの状態体を回復する睡眠(深い眠り)夢を見る睡眠
脳波ゆっくりした大きな波(徐波)覚醒に近い細かい波
体の状態筋肉は保たれている筋肉の力がほとんど抜ける
寝相姿勢は比較的安定体はほとんど動かない
眼球ほとんど動かない左右に速く動く(REM)
脳の働き脳の回復・情報整理夢・記憶整理・感情処理

 一体、人間はなんで夢を見るのか。なぜレム睡眠が必要なのか。研究で分かってきたことは、首から上の脳と首から下の体とは、一体化しないで二分して生きていることだった。睡眠とは、脳と体を交互に休ませる時間のようだ。筆者の推測だが、脳と体を同時に休ませると生体活動が「無」に近くなり、生命現象が衰退して、生きることが難しくなるからではないか。

 その後筆者は、臓器移植の取材をして脳死問題に深く取り組んでいった。その時感じたのは、脳死とは首から上が死んだ状態であるが、首から下は生きている状態を言うということだった。ただ、首から上が死んだ場合は、生き返ることはできない。これが脳死だ。首から下はまだ生きているので、脳死者の体が生きているうちに臓器を取り出し、瀕死の患者の臓器と置き換えて命を救う。これが臓器移植だった。このテーマについては、また後日、取材報告を書きたい。

 夢発見器で分かった639例の夢の内容

 ともかくも睡眠には2種類あって、大まかにいえば夢を見ているときと見ていないときだった。夢は大体が筋がなくでたらめで、奇想天外なことが多い。しかし見る人の記憶のどこかから引っ張り出して筋を作っているらしい。現代の科学でもその理屈は解明されていない。

 夢をビデオのように記憶することは出来ないだろうか。55年前、ビデオがなかった時代、それに挑戦した研究現場を取材した。鳥取大学医学部神経生理学の大熊輝雄教授だった。写真のようにベッドの一角に計器類をセットし、被験者の頭や体と検診コードで結んで脳波や筋電図を測定する。

 脳波の変化を観測し、夢をみている脳波に変わったら、夢が見終わるころにそばにある電話(写真の右下の黒い電話)を鳴らして起こす。そして今見た夢の内容を電話口で話してもらう。こうして集めた夢の記録は、639例もあった。教授自身や学生や一般の人など多数の被験者のデータだった。写真は大熊教授から提供されたものだ。

 恥ずかしいから見ない夢

 大熊教授の研究で分かったのは、人間は性的夢を10%以上は見るというのに、大学の夢収集室でやると学生たちは「見ていません」と言う。そこで夢収集装置を自宅にもっていかせて収集したら、男女学生とも「10%以上、ちゃんと性的夢を見ていました」と語っていた。研究室の検査では恥ずかしさがあって、このような夢は見ないのだろうと推測していた。

 夢収集のトータルの成果では、性的夢は男性より女性の方がよく見ているそうだが、動物の生理的現象なので、「あまり意味がないと推測している」と教授は語っていた。また男性は、夢を見ているときに勃起がよく見られるという。最後の夢を見ながら目覚めたとき、モーニング・エレクションになっている。なるほど生理的理屈が分かった。

 ネコも全く同じだった

 ネコは、古い時代から脳の研究にはよく使われた。世界的に雑種が広がってどこの国でも同じようなサイズをしているので、ネコの立体脳地図までできていた。人間のレム睡眠とノンレム睡眠のサイクルや、夢を見る実態を真実として「証明」してくれたのはネコだった。1959年にフランスの有名な脳生理学者、M・ジュベーが発表した研究内容は説得力があり、世界中がそれを見て納得した。ジュベーが発表したネコの睡眠と脳波の図を時実先生から提供を受けたので、それをもとに今回作り直したのがこの図である。脳波の動きは、人間とほぼ同じである。

 ネコは夢を見たかどうかは語らないが、レム睡眠の脳波を出しているとき、手をまげて何かにじゃれているようなことをする。筆者が子どものころ一緒に暮らしていたネコは、寝ていながらよくそういうことをやっていた。犬の「パル」も寝ながら、後ろ脚を蹴るような動作をすることがあった。夢を見ていたに違いない。マウスやウサギでも同じような実験結果が報告されている。こうして動物の夢と睡眠の関係が定着していったのだった。

 夢を見なくなると怖いことになる

 夢を見る回数は、加齢とともに減っていく。徳島大学医学部生理学の松本淳治教授も睡眠と夢の研究をしているので取材に行った。先にも書いたジュベー教授の研究室に留学していたので、睡眠と脳内で活動する化学物質の研究に取り組み、ノルアドレナリン、セロトニンなど神経伝達物質と深い関係にあることを世界に先駆けて発表していた。この成果からレム睡眠は、生体現象と密接にかかわり、例えば狭心症はレム睡眠のときに起こすという。また松本教授は「夢を見なくなると死期に近づいているのです」と物騒なことを言った。すぐに「いやネコやマウスでの話ですがね」と言い添えたが、ネコやマウスは夢を語らないが「脳波がそれを語っている」と言っていた。

 松本教授は、実験動物の脳波を毎日見ている。レム睡眠が出なくなったネコを指して「このネコは間もなく死ぬよ」と学生たちに言う。学生たちは「でも、このネコ元気ですよ」と不審がる。だが、翌朝ネコは死んでいた。この話は今でも覚えている。筆者は毎朝「夕べ夢を見たかどうか」にこだわっている。

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