60年間歩いた記者人生のすべて

60年間歩いた記者人生のすべて 記者馬場錬成一代記

1965年4月に読売新聞入社から現在まで、ほぼ年代を追って記者人生の記録を開示します。前半は、新聞記者としての活動記録をたどりながら、歴史論考をしたいと思います。後半は、新聞記者として蓄積した知識を基盤に、主としてリタイア後に展開してきた科学ジャーナリストとしての活動内容を報告します。第1回は、1968年12月10日、東京都府中市で発生した3億円事件から始まります。

記者馬場錬成一代記

<第15話> 幻の北京原人大特ダネ

夜勤勤務の楽しみ  社会部は夜勤と泊まり勤務があり、どちらも夜中までデスク周辺で仕事をしていた。先輩記者から夜勤には「価値あるタレコミがあるから粗末にするな」とアドバイスを受けていた。  タレコミはよく言えば情報提供、悪く言えば「告げ口」だ...
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<第14話> 1970年に統一教会の源流を取材

思い出しのきっかけは安倍晋三氏銃撃事件  2022年7月8日、参院選で自民党候補の応援演説をしていた安倍晋三元首相(当時67)が、後ろから2発の銃弾を浴びて死亡した。山上徹也容疑者(45)が殺人未遂容疑で現行犯逮捕され起訴された。犯行に使わ...
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 <第13話> 日比谷暴動と松本楼炎上

貴重な文化財だった日比谷松本楼が炎上する光景をAI(ChatGPT)が創作した。  日比谷暴動から衰退する過激派運動  このシリーズは過激派学生運動の報告が続き、読者はうんざりしているかもしれない。3億円事件から都心部のサツ回りに転出してか...
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<第12話>渋谷暴動と機動隊員惨殺

過激派学生が火炎びんから爆弾闘争へ  東大安田講堂陥落後、過激派学生運動は、沖縄返還をめぐる反対運動へと転じ、野党の社会党・共産党、労働組合組織の反対運動に合わせて暴れ回るようになった。野党は沖縄返還協定承認を巡る国会の大詰め審議をとらえて...
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<第11話>学生運動とインターナショナル

全学連から全共闘さらに過激派闘争へ拡大  1971年の春、当時の政権は佐藤栄作内閣であり、沖縄返還交渉で最後の詰めに入っていた。そのころから返還に関わり日米間で密約を交わしているのではないかとの追求質問が国会でも、たびたび出てきており、新聞...
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<第10話>安田講堂占拠と過激派学生運動 ②

全学連闘争から全共闘闘争へと転回  この一代記を書き始めて改めて思ったのは、社会部記者として第一歩を踏み出していった筆者は、いきなり時代の転換点になった大事件と社会現象にぶち当たったことだった。それは非常に恵まれた取材体験をしたことになり幸...
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 <第9話>安田講堂占拠と過激派学生運動 ①

3億円事件から学生紛争取材へ転出  3億円事件の捜査が進展せず、停滞期に入ったのは、発生から3か月後の1969年3月ごろからである。4月に3億円の入ったジュラルミン・トランクを積み替えて逃げた濃紺のカローラが発見され、一挙に緊張が高まった。...
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<第8話>3億円事件総括 余話

反響  あれから57年も経つ。今更ながら古いネタを持ち出すことに少々、引け目を感じていた。走り始めてみれば3億円事件は、大スターであることが分かった。  熊本駅前にある「くまもと森都心プラザ図書館」で、「未解決事件を追え!」の展示会が行われ...
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<第7話>3億円事件の総括 ⑦止め

窃盗事件に時効が来た  1975年12月10日、3億円事件の時効が成立した。当時の刑法で窃盗罪の時効は7年であり、これは今も変わらない。そのころ筆者は、転勤で札幌市の北海道支社編集部に異動していた。新聞・テレビ・週刊誌などのメディアが一斉に...
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<第6話>3億円事件の総括 ⑥

歴史に残る大誤報と誤認逮捕  3億円事件の最大の汚点は、モンタージュ写真をもとにしたメディア報道の先走りとツメの甘い捜査による誤認逮捕だった。 日本弁護士連合会(日弁連)人権擁護委員会も「三億円別件逮捕調査特別委員会」を設置し、警察とメディ...