「今世紀最大の発見」に興奮した日々
中澤デスクから手渡されて読んだ「二重らせん」(29話で報告)は、一晩で読み終えたが、その興奮はしばらく続いていた。遺伝子DNAの構造を解明したジェームス・ワトソン、フランシス・クリック、モーリス・ウイルキンスの3人が、1962年のノーベル生理学医学賞を授与されたことは、おぼろげながら記憶に残っていたが、業績については何も知らなかった。
急いで社の資料部に行ってスクラップ類の資料を調べてみると、「今世紀最大の発見」として生物学を根底から変えた大発見であり、分子生物学という新たな分野を切り開いていた、学問の創始でもあった。
何よりも筆者を驚かせたのは、遺伝を担っている遺伝子DNAの構造が、まるで数学の定理のように意味を持ち、たった4種類の塩基と言う化学分子のうち3つの組み合わせで20種類のアミノ酸を規定し、地球上に無数にあるたんぱく質の作り方を規定しているということだった。まるで数学の定理のような約束事がDNAという化学物質の中に込められており、それが生命現象を動かしている設計図になっているという事実だった。
20種類というキリのいい数字
大腸菌から人間まで、地球上の生物は20種類のアミノ酸しか使っていない。宇宙空間には無数のアミノ酸があると信じられており、宇宙探査機が地球に持ち帰った岩石などから地球上にないアミノ酸がいくつか発見されている。
なぜ、20種類と言うキリのいい数字になっているのか。なぜ、人間の手足の指の数の20本と同じなのか。なぜ地球上の生物は20種類のアミノ酸しか使っていないのか。
- DNAは遺伝子であり、眼に見えないほど小さいのになぜ、親から子へと遺伝が伝わるのか。
- 精子も卵子も遺伝子DNAを持っており、この2つが受精するというが、なぜ受精してもDNAは2倍にならないのか。
考えると小学生のような疑問が際限なく湧き出していく。これは大変なテーマで連載を続けることになると思った。
塩基とは何か
ワトソンの本を読み、様々なニュースの特集や初歩の文献を読んで分かったことは、DNAとは遺伝子のことを呼ぶ慣用語になっており、そのDNAは4つの塩基と呼ばれる化学物質が無作為に限りなく並んで梯子段を作っているということだった。4つの塩基とは、A(アデニン) 、T(チミン) 、G(グアニン) 、C(シトシン) であり、梯子段を作っている梯子の部分はAとTが結び合い、GとCが結び合って階段を作り、それが自然とらせん状になって際限なく続いているということだった。

DNAは、この図のように片方の端からATGCのどれかが手を伸ばし、もう一方の方はAはTとだけ手をむずび、GはCとだけ手を結んで梯子段を作っていた。このような結合をすると、梯子段は自然とらせん状になっていくという。らせん状になることで、階段状のDNAは強固な分子になり、細胞核の中に折りたたんで格納するのに好都合だと推測されている。
全身の細胞に配置されているDNA
人間は、体の場所によって様々な細胞に取り囲まれて生きている。皮膚、脳、骨、肝臓、舌、筋肉・・・・など総合計37兆個の細胞で成り立っている。その細胞すべてにある細胞核のなかにDNAは格納されている。つまり全く同じDNAが全身の細胞のすべてに格納されている。しかしそれぞれの細胞がDNAを使うのは、その中のごく一部だけであり、あとは無駄な情報になっている。使いたい時だけ、その部分のDNAから情報を取り出して使っている。
情報とは何か。それはアミノ酸の製造法である。なぜアミノ酸なのか。人間は20種類のアミノ酸を数百から数千個を無作為に結合したたんぱく質で生きており、20種全部を使わなくても必要な種類の数をとっかえひっかえ結合してたんぱく質を製造している。図式風に書くとこうなる。
DNAの情報(4種の塩基の並び)が並んでいる ⇒ そのうち3個づつの塩基配列からアミノ酸を読み出す(その役割はRNA) ⇒ RNAはその情報をもとに細胞中に浮遊しているアミノ酸をリボソーム(たんぱく質製造器官)に運ぶ ⇒ リボソームが次々とアミノ酸を結合させてたんぱく質を製造する。
ひとりの人間のDNAをすべてつなぐと・・・
上の説明で、理解できたでしょうか。いまは、動画を使って説明する方法がネットでも学校の授業でも展開されているので、それを見た方が理解できると思う。
らせん状に折りたたまれているDNAの端と端をつまんでぎゅっと伸ばすと約2メートルと言われている。太さは直径10億分の1メートル。髪の毛の約4万分の1の細さである。むろん肉眼では見えない。そんなに細いDNAが、らせん階段状に折りたたまれて全身の細胞に格納されていることになる。
人間一人の全DNAをつなぐとどのくらいの長さになるのか。髪の毛の4万分の1の太さの糸のようならせん階段を一人分すべてをつなげると、地球と太陽を往復500回する長さである。その中に、人間一人分の生命現象に必要な情報が含まれていることになる。
小学生のような質問を連発
当時、DNA解明について研究している先端の研究者、そのほとんどが有名大学の教授職の先生方である。その研究室に伺い、疑問点を次々と発して(多分ひんしゅくをかったと思うが)研究者から教えてもらった。
その質疑を羅列すると、読者にも伝わると思うので、恥を忍んで列記してみた。
Q 超細いDNAとはいえ、長さ2メートルもあるひも状のものが細胞核の中に本当に格納されているのは理解できない。
A 超高度な折りたたみ圧縮構造で格納しているので可能だ。
Q 人間一人が生きていくためのたんぱく質情報が、すべてDNAに入っているのか。
A その通りだ。
Q DNAを人間が生きるための百科事典に例えると、RNAはメモ用紙と思っていいか?
A その通りだ。必要なところだけRNAがDNAから写し取って、たんぱく質製造工場のリボソームでたんぱく質を作っている。
このような初歩的疑問点を次々とぶつけることができたのは、新聞記者の「特権」であり、研究者も新聞の役割を理解して協力したものだろう。研究者の説明には、感心するばかりの取材だった。

DNAを構成するAとT、さらにGとCは相補的になっており、カギとカギ穴のようにATとGCとしか結合しない。こうすることで、一方が壊れても相手方を補うことができる。
このようにペアを作ることで、上下の塩基が引き合い、位置が固定されてバラバラになりにくくなる。相補的にあるので、二つに分かれても複製できる。同時にそのような機能が突然変異を起こりやすくしているので、生物の進化もできる。


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